医は算術にあらず

 80%以上の国民の支持を得て、圧倒的な強さで小泉内閣がスタートした。「構造改革なくして景気回復はない!」と主張して発足した政権で非常に興味はある。果たして我々医療界にどの様な効果をもたらしてくれるのであろうか?確かに今までの内閣とは違っているかもしれないが、まだスタートしたばかりなので不確実な点も多い。30兆円以上の国債は出さないと公約しているので、13年度の一般会計はこれ以上にはならないのは確かである。何処を削り、何処を増やすのか?がキーポイントになる。国民のためということを考えれば大幅な国民負担の増加はないと思う。その意味では医療機関(医療・介護・福祉など)のサービス提供者側はより一層の厳しさを強いられる可能性は強い。行政や政治家・学識経験者等は自分の知識の範囲で物事を判断するから「机上の空論」となり、実際に施行して見ると物凄く煩雑な業務が最良の方法として取り入れられたのは既にご承知のとおりである(参照:「医療」7月号 Letters to the editors)。

バブルの狂乱物価でモノの価値観が異なり、物価は上昇し、人件費も上昇した。崩壊以降の物価は下落の一途をたどったが人件費はほとんど変わらずそのままに据え置かれた。そこで大手企業は賃金の安い外国に生産部分を移したが(産業の空洞化)、連結納税方式(外国で上げた利益に対しても税がかかる)で海外進出にメリットがなくなり、やがて後進国の発展に伴い労賃も割高になり、大量生産も"物余り現象"で安くしか売れない状況になっている。ところがやはり日本の労賃はもっと割高である。企業はリストラ等で何とか利益を維持できるが、医療機関は法的に人員が規定されており、それに見合った人材を配置しなければならない。リストラはできず、格安な外国人を受け入れることも出来ない。つまり医療費枠を決められると人件費倒れになる可能性がある。ここで医療界全体が医療保険を大切にしないと医療機関はお互いに共倒れの状況になる。中小企業は銀行の"貸し渋り"のために倒産するようになった[GDP:0.6、消費者物価指数:マイナス0.8、完全失業率:4.7]。このことは年金や医療保険にも大いに影響する。これらの問題を解決しようと今国会で「再就職雇用促進法」や「個別労働関係紛争の解決に関する法律」などが可決され、従来の終身雇用制度は崩壊しつつある。新しい雇用制度のもと、もしも40〜50歳代で失業してしまうと収入がなくなり社会保険も使えなくなる。社会保険の構造自身にも影響し、国民皆保険・皆年金といっても自己負担が増えれば、病気になっても医療機関にかかる人は少なくなる。また老齢年金も減少するので介護保険や高齢者医療保険の未払い者が多くなる(年金の空洞化)。医療機関の将来性を考えると現在の不況を何とかしないと大変なことになると思う。医療・福祉の将来は決して甘くない。労働と年金受給の連結をどうするのか?全くディスカッションされてない。これでは掛け声倒れで、実のある社会保障制度はできるはずがない。しかしこのことを行政や政治家にいくら言っても分かってもらえないのが残念で仕方がない。

現状の行政の考え方は、いわゆる"民活"と称し「競争の原理」を動かすために一般営利企業の参画も認めたが、これでは"医療は非営利性"という大原則が歪められ、医療構造そのものが崩壊される。医は仁術であり、算術ではないことを強調したい。今後の医療構造改革は「患者負担をいかに少なくするか!」が基本である。今まで約30兆円の医療費(内老人医療費10兆円)が2025年には約81兆円(内老人45兆円)になると予測しているが、財源はどうするのか?行政・政府に具体案がないのなら、各団体の関係者全体が10〜20年後の社会保障制度の財源をいかにしたら補完し、それでお互いに生き残れるかを真剣に考えなければならない時期にきていると思う。それを国民に分かり易く説明する必要があると思う。例えば、@医薬分業の完全実施である。先の国会で「医療法の一部改正」で約8割の開業医が定額制を取った。従って、薬剤は切り離した方が有利で、その代わり処方料と技術料を盛り込みにして定額を設定すべきである。当然薬価は0%になるので、約8,000億円といわれる薬剤費は浮く計算になる。一方メーカーは薬を売るのにダンピングをせざるを得なくなる。全体的に医療費は減少する。つぎにA医師の定年制を設けるべきである。70歳を定年とし、それを過ぎたら介護保険医専任となり報酬を少なくすれば、介護保険も安上がりになる。医師は年金と介護保険からの収入で悠々と自分の余生を享受すればよい。勿論この中にはボランティアも入る。我々、医師の側もこの危機的状況下である程度痛みを伴わなければいけないのではないだろうか。B少子高齢社会に向かって年金の掛け率が上がり、支給率が低下するといわれ、将来は「自分達は年金がもらえないのではないか?」という不安が「年金の空洞化」を起こしている。このままでは社会保障費の財源が枯渇してしまう危機がある。国民が一番期待しているのは医療の良質なサービスであり、社会保障制度の確立と安心した老後の保障である。そもそも医療、福祉、年金をワンセットにして考えるべきものなのである。

社会保障制度というとあまりにも問題が多すぎて、自分の意とするところまで書き切れませんが、ぜひ先生方のご批判を頂きたいと思っております。




参議院議員/恒貴会・協和中央病院理事長
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