治療 Vol.82,No.11 <2000.11>

 
はじめに

本来、国民がより安心な老後の生活を迎えるための介護保険制度のスタートが、不十分な準備段階、特に構造的な問題を抱えた状態で目前に迫っている。医師として、また病院経営者として国の行う医療構造改革の矛盾点を強く感じてきた結果、現在国会議員として実際に構造改革に関わるようになったが、問題は山積みであり、「医療提供サイド」も「受給サイド」も互いに納得できるような医療構造改革への道のりはまだ長い。介護保険は一見スムーズにスタートするであろう。しかし、現行の制度のままでは急速に進む少子高齢化のもと、社会保険費や医療費など、国民の負担は増す一方である。介護保険制度のスタート後、できるだけ早急に問題点を見直し、本来あるべき医療・福祉の構造改革を進めていくべきである。

 この原稿を依頼されたのは、昨年の11月1日の事でした。締め切りが1月17日でしたので、12月の第146回臨時国会後の最新の情報を記載できると思っておりましたが、何の進展もありませんでした。しかしこのような機会をお与え下さいました事に深く感謝申し上げ、私なりの意見を書かせて頂きます。この介護保険制度がどれほど21世紀の社会保障制度に影響を与える事なのか!何卒ご賢察いただけるよう、伏してお願い申し上げます。

● 経歴と政治家になった動機
 昭和38年に千葉大学医学部を卒業し、基礎医学系大学院(薬理学)で学位を取得し、以来外科医として患者さんと接するようになりました。昭和44年、派遣先の病院に赴任し一般外科医として診療に従事の後、意あって46年、母校に脳外科が新設された際に3年間大学にもどり、今度は脳外科医として人生を歩き始めました。昭和54年(41歳)、隣町に48床のベッドを持って開業、以後四六時中365日病院に泊まり込んで患者さんと一緒に過ごし、10年後にはいつの間にか約10倍のベッド数になっていました。内訳は医療法人として一般病院が232床、老人病院(療養型病床群)が109床、老健施設が96床、在宅老人デイケアも行いました。自分は脳外科医であり術後脳死状態で生かしてしまった、その患者家族の苦労を目の当たりにして来ましたので、社会福祉法人として身体障害者療護施設50床を2ヶ所と、後に重度身体障害者授産施設を50床も作りました。その他、健康管理センター(ドック)と訪問看護ステーションなども運営しました。次々と施設を増築したそれぞれの理由はありましたが、常に自分が医師として本当にやるべきことは何なのかを真剣に考え、54歳の時、県議会議員に初挑戦し当選、まず知事にゴールドプランに乗り遅れないように"県立医療大学"の設置を提言しました。その後、現状のままでは県として"介護保険制度"に対応できないと思い、自民党県連会長にお願いして「21世紀いばらき福祉の郷づくり懇談会」を作ってもらい、私が座長になり学識経験者とともに作り上げたものを自民党県連の重要政策大綱として知事に提言しましたが、その内容は県レベルではできないものであり、平成10年度に自民党公認で茨城県地方区の参議院選挙で初当選したのが62歳の時でした。以下そのような観点から私なりの「介護保険制度についての意見」を書いてみたいと思います。


● 瞑想する介護保険と年金
 早速、「参議院自民党の政策審議会」に自分の意見を具申しました。私が一番問題としたのは、老後の唯一の収入である年金(第一号被保険者)の中から一律に"介護保険料"を徴収するという発想です。年金そのものが社会保障制度であり、両者は並行的に考えられるべきであります現在、これらの社会保障制度の費用は約70兆円といわれていますが、高齢者会のピーク字には300兆円と約4倍以上に膨らむと試算されています。将来必ず介護保険の料金は倍増する、その時、年金天引制にしておくと基礎年金受給者はほとんど生活ができなくなってしまいます。しかし、介護保険は既に平成9年に立法化されており、まだスタートもしていないのに法律を変える事はできない、試行錯誤しながらでもまず実施してみようとの事で取り上げられませんでした。
 そもそも「介護保険制度」は"自社さ・連立"時の産物で、その時、自由党、公明党は反対をしていました。今回の"自自公連立"では意見が噛み合わないのは当然です。これが簡単に一致したのでは政党の意味もなくなります。いずれにしても、各党は国民のために各党部会で検討した問題を新たに合意するわけですから、当然、立法時とは少し異なってくるのは仕方がありません。すなわち、自民党は「すべて介護保険で」、公明党は「在宅は保険で、施設は税で」自由党は「全て税方式で」、と主張しており、そこで亀井政調会長は「1年間は第1号保険者に対して、半年間は税で、後の1年間は半額徴収でという折衷案」を発表されました。これに対して各自治体でも、"自治事務に何で国が口を出すのか?"といったような反対の声も聞かれました。準備できている自治体の努力はわかりますが、最初から何らかの費用徴収をしないと介護保険は運営できなくなります。施設で働いている人たちは4月分からの給与が必要なのです。実際に施設長が新しいレセプトで自治体に請求しても、どの程度支払われるのかほとんど検討もされていないし、それだけの支払い能力があるとも思えません。老健施設や、療養型病床群など医療法人などの課税法人はどうするのか?赤字になったら自治事務で責任が取れるのだろうか?当初の税投入は必要であると思われます。確かに政府による、年金受給者から保険料を取らなくてもよいという発言は誤解を受けやすいのですが、この見直し発言から「医療構造改革」を含めた介護保険を多角的に考慮すべきでしょう。
 その他にも問題点は多々あります。平成11年12月26日の新聞に、厚生省は「介護サービスの割引き容認」と報道されていましたが、このことは介護人定員やケアマネージャーの権威を損なうもので、何のための制度なのかと疑いたくなります。さらに、12月28日には、労働省が雇用創出のために、社会福祉法人やNPOが介護分野で新たに雇用をした際に、賃金の"3分の1〜2分の1"を1年間助成する「介護雇用創出助成金」(38億7000万円程度の大蔵省内示)が報道されており、このことは非常な混乱を招く恐れがあります。というのも、これは社会福祉法人に対しておいしい話ですが、介護保険対応の医療法人からはかなり抵抗が出る可能性があります。非課税法人である前者と課税法人である後者に対する対応の整合性がなく、これでサービスが本当に向上するのでしょうか?このような状態で、「介護保険制度」がスタートしたら、おそらく多くの国民から不満が続発すると思われます。


● 国民に納得される医療構造改革
 病院の中に長期入院している患者は介護を要する人たちです。これを老人医療費でみるので、出来高払いの病院に入院していたのでは、当然医療費がかかる。だから何とか在宅に帰そうとするが、核家族化した現状では要介護者を引き取らない。そこで地域全体でみようというのが「介護保険」導入の発想でした。確かに老人保健法に基づく老人拠出金制度で、約8割の各医療保険組合は赤字となっております。少子高齢化に順行して、高騰する医療費をなんとか抑制しなければなりません。しかも効率的にやるべきです。1つの考え方として、まず病院を類型化して、急性病院と慢性病院にわけ、急性は出来高払い、慢性は定額制にすれば非常にわかりやすいと思います。なぜ「介護保険」の前に医療の類型化をしないのでしょうか?医療が非営利性であるなら、医療法人を減税課税にして診療報酬を下げれば、医療費は労せずして削減できるのではないでしょうか。介護保険制度は「在宅福祉」ばかりでなく医療にも強く関係しています。「医療提供サイド」も「受給サイド」も、互いに納得できる医療構造改革を提示すべきです。現段階での介護保険の導入は少し無理があると思います。所詮は今まで病院に入院させておいた慢性患者を「介護」という言葉を使って、単に病院から外に出す方法を行っているに過ぎないのです。だから介護保険のスタートにおいては従来の方法と何ら変わっておらず一見スムーズに始まるでしょう。とにかくまずやってみて、現場で携わっている人を交え早急に不合理な点を見直す必要があります。政治家として非常に情けなく、国民の皆様に大変申し訳なく思っておりますが、以上が私の率直な意見であり、また実状です。第一線の現場で働く皆様とともに、医療・福祉の構造改革を進めていきたいと思います。

 

参議院議員/恒貴会・協和中央病院理事長
E-mail:kunoko@f7.dion.ne.jp

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